ピンチをチャンスに変えよう

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西陣の糸を扱う業者によると、糸の消費量が前年の2割から3割も落ちていると言うことですが、つまり織屋が帯や織りのキモノの生産を尋常ではないほど抑えていると言うことです。
前で売れていないから仕方が無いのでしょうが、こう言う状況が続くと、予想以上に早く廃業が増えて行きます。

方や染めのキモノの方では、チェーン店向きのような中級品以下の製造問屋が次々と廃業し始めています。

NCなど作り手に対する感謝の念など無いに等しいので、こうしたキモノや帯の生産者の苦境は商品集めに苦労することになるでしょう。

所詮委託ばかりのところばかりですので、買うと言って返品するような行儀の悪いところはこれからスポイルされていきます。

取引条件改善などと言う寝とぼけたこと行っていないで、もっとど真剣に作り手と向き合わないと、商品手当に苦労し、行く先は倒産でしょう。

売れていない理由はいつも言うようにとんでもない嘘の塊のような商いを続けてきたことや、専門店の発信不足、リスクを全く張らないので店先に買いたいと思う物がないだとか、消費者にとって何処で買って良いのか分からないというどうしようもない状況ですし、売りが伸びないのも当然でしょう。

ですから私が言い続けているように良い物があれば今のうちにお買いになっておいた方が良いのです。
デパートは最近価値以上に高いですので、値切ってみたらいかがでしょうか。

外商の客を対象にした店外催事では平気で値引きしています。

それを問屋に回すから、問屋も高い値で持ってくるし、高いからといってまた値引きします。商売の心が全く分かっていません。MもTも家訓など無視、創業者の理念などとうの昔に忘れています。ひどいモノです。

商道徳が落ちるところまで落ちている様な状態です。かつて呉服部は出世コースだったんですがね。

しかし色々な意味で売り手がひどくなってきたのなら、作り手や卸業者も、いわゆる流通改革に真剣に手を打たないと、どんどん売り先を失います。

知恵と勇気を出して、真に消費者が求める物を適正価格で、かつ正しい知識を加味して売っていける道を早急に探るべきだと思うのですがね。

私はすでに20年程前に実行しました。買い取りもして貰えないで残っている品物を如何にして自分で売るかと言うことでしたし、文句を付ける小売屋があれば、買って貰えないのだから自分で売って金に変えて再生産してそれを貸しているのだから、それでも文句があるなら取引辞めると言ったら、誰も辞めませんでしたね。

今の様な状況ならモノを作っているところは強いのです。

このままなら在庫リスクをほぼ全て製造側に押し被せてきた報いで、いよいよ作り手の廃業が本格化し始めます。

残ったところには確かに貸してくれと殺到しても、普段から取引も無い者がいきなり貸してくれなど相手にもされません。そんなところをいちいち相手にしていたら在庫がいくらあっても足りませんし、行儀の悪いところは次々淘汰されていくでしょう。

ただ問題は上物、本物を売ってくれるところがどれ程残るかと言うことですが、勇気を持って前に行けばいくらでもお客がいることに気が付くでしょう。

来月の泰三の会にもすでに予約が次々入ってきていますが、店を閉めてもそうしておいでいただくのは有り難いとは言え、既存の専門店にはもっと頑張って貰いたいのです。

いつかはお客様をしかるべきお店に引き継いでいただきたいと考えていても、今の状況では私が責任を持って渡せる店は無いに等しいのが現実です。

もっと真剣に勉強をして貰いたいと言うのが偽らざる心境です。

材料枯渇

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何度も申し上げているように、京友禅や西陣織の生産は底なし沼のように下がり続けていますし、その中でも良質な材料を使い、高度で精緻な技を駆使した本物のモノづくりは極端に減退し、職人さんの高齢化も相まって、この先の道が見えないのですが、もっと心配しなければならないのは、材料難です。

過日、手すき和紙の生産に無くてはならないトロロアオイの生産農家が一挙に5軒来年で作付けを止めるということらしく、つまりもう作らないということなのですが、本当にそうなると、なんと現在の生産の80%減ということになり、全国の手すき和紙業界にとって大打撃となります。

トロロアオイの生産は大変手間がかかるようで機械を使えないのだそうです。
生産者も高齢化していることもありますが、その労力に見合う収入を得られないということから、もうやってられないと、苦渋の選択をされたようです。

まさかそんなん自体が訪れると思ってもみなかったのでしょうがとりあえずは買い付け価格をもっと上げるということから交渉するとしても、生産者の高齢化という問題はいかんともしがたく、全国の和紙生産者が協同して知恵と金を出して生産維持に努めるしかありませんが、文化庁にも援助を願い出ているそうですが今のところなしのつぶてだそうです。文化庁の役人に文化力がないという笑えない現実の中で、歴史ある和紙の生産が無くなっていくなどありえない話で、超減産の中で影響をこうむる文化は数知れません。

こうした材料の枯渇は、色々な伝統産業で起こりつつある現実ですし、キモノも良い生地が無くなっていくとか、上質な金糸が無くなりつつあるなどすでにそうした現象が多岐にわたって出始めています。

また材料と同時に道具が無くなってきて、古くからあるものを使いまわししていますが、これも将来どうなるのか先が見えません。

文化庁はかなり以前に、今後なくなりそうな伝統産業で使う道具類を調査したことがありますが、信じられないほど多くの種類のものがあげられていました。

ただそれっきりで、だからどうするという知恵は文化庁からは出ません。
行政は言われたことしかできない体質ですし、先見力も想像力、創造力もないので変に乗り出してくると必ず失敗するのが落ちですから、やはり民間で知恵を出して、行政を自分たちがイニシアチブをとりながら巻き込んでいくのがベストでしょう。

ただ基本的に材料も道具も、安定した生産量が保証されないと、復活や維持継承は困難ですし、言い換えると市場での販売数量が増えないと、それどころではなくて減る一方なら早晩資産が止まってしまう材料も数知れません。

キモノなどその最たるもので、リサイクル着物ばかりが活況を呈していたら、いつか生産が終わっていくだろうと思いますが、三十年前くらいのものの方がはるかによくできているので、本物がリサイクル市場に流れればそちらの方がはるかにモノが良いという事態になりそうです。

でも世界有数の優れた文化とそれを支える最高レベルの技がありながら、最高のモノづくりができなくなるということに国が何も反応していないというのは尋常ならざることだと思いますがね。

いかに政官財の上に立つ者に美意識や教養がないかということにつきます。

若い時にどれほど見聞を広めて来たかという話でしょうが、今の教育体制では教養を高めるとは逆のことをしようとしていますし、世界の恥さらしです。
見識あるものが私的に色々伝えていくしかないでしょう。
個人的には若い人に期待し諦めないで日本の未来を信じたいと思っています。

以前からお読みの方はご存知ですが、当社は昭和49年に中国江蘇省蘇州の、得も言われぬ素晴らしい刺繍技に出会ってから、従来から総刺繍のキモノづくりでは自他ともに認める日本一のモノづくりをしてきた当社として、その技のすばらしさを見過ごすことなく、何とかキモノの刺繍に取り入れられないかとトライをしようと先代が決め、それから試行錯誤が始まったわけです。

当時キモノに蘇州刺繍をさせていたところは皆無でしたので、向こうにキモノの基本から教えなければなりませんし、京刺繍との融合を考えて、指導し、結果的にすべてこちらでお膳立てをして、刺繍糸自体も送る、刺繍の技法も配色もすべて指示した設計図を送るということにいたしました。つまり技だけを買うということにしたのです。
まかせたら絶対思うものは作れませんし、手間は大変かかっても今でもそれを踏襲し、たまに出張して意見交換しているわけです。

当時後から入ってきた業者は当社がすでに色々なことを教えておいた後だったのでずいぶん楽だったと思います。
ただ残念ながら、当社のようにその技に惚れこんで、あくまで高級なモノづくりに特化した発注をしていたものは、当社だけで、後発は安く早く量を縫えという連中ばかりで苦々しく思ったものです。
また当社のコピーを平気でするところもやってきましたし、現実にとんでもない下品なことをされましたが、爾来45年本当に紆余曲折を重ねながらその品質にこだわり
彼らとしても誇りある仕事を続けてこられたことは、二代目として大変な喜びです。

他の業者は、本当に馬鹿なところが多くてレベルの低いものを作りすぎて、結局自らの首を絞め、予想通り見事に倒産したところも数知れず、ろくでもないコピー屋も手を上げました。残ったところも撤退し、ベトナムで超センスの悪いレベルの低いモノづくりをしています。

良いものにこだわり作りつづけることは大変ですが、必ず需要があると信じ、その物作りを続けるために流通を自ら製造小売りにかじを切ったわけで、製造販売共に人に言えない苦労をしながらもその結果、今でも本当に美しいモノづくりができているのは私の誇りでもあります。

大企業と違って自分一人で何もかもしなければなりませんが、そのおかげで多くの人に出会い多くのことを学びました。私が超現場主義なのはそうしたことの積み重ねから得たことでもあります。

京刺繍は時代が経て、かつてのような総刺繍のモノづくりなど夢のまた夢となり、当社も結果的にもし蘇州刺繍との出会いがなければ、従来からの華麗なモノづくりは不可能だったと思います。

父がやってみたいと思うほど素晴らしい技、特に糸をよらないで刺していく平繍という仕事の出来栄えは、世界最高に美しいと思いますし、そのレベル維持に私はずいぶん彼らに対しても協力したわけで、それを彼らも感謝し、お互い良い関係で長く続けてこらえたのです。

向こうの国の事情もあってこれから先何時までそうした仕事ができるかは分かりませんが日本同様高齢化しているのとその高度な技を引き継げるものがいないようですから、そう遠くないうちに終わってしまうかもしれません。

第一その刺繍の台となるキモノづくり自体の事情があって、良い生地が無くなればその方が先に終わってしまいます。


今ぎりぎり出来そうですが、私自身の高齢化もあり、予断は許しません。

終わってしまう前に是非一度その華麗な技をご覧においで頂ければと思います。

上物やが中国に仕事を出すことに色々と雑音も聞こえましたが、先を読んでいた当社としては意に介さず、異国に当社の職人さんがいるという感覚で、良いものを作ろうということで、今やこれもまた完成された世界として自他ともに認められております。

京都の文化は長い歴史で見ても多くの場所でものづくりがされていたわけで、京友禅とて加賀と協業することができればまた違う展開が見えます。

かつて何もしないで、京都でものづくりが全部できなくなればそれで終わりだなどという高齢者がたくさんいましたが、あまりに無策で無能だと言わざるをえないと私は憤慨していたわけで、自分さえよければ良い、後継者のことなどどうでもいいなどという程度の低い輩が組合の長などをしていたからものづくりの危機が到来したのです。

今の若い人は確かに大変でしょうが、こんな時代だからこそ選択肢は多く、色々なことにチャレンジして欲しいと心から願っています。

業界は早夏枯れか

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先日お世話になっている裏物屋さんに行って話をしてみると、連休以降非常に荷動きが悪いということです。

裏物が売れていないということは表地の売り上げが少ないということですし、昨年の秋以降天候のせいもありますが、対前年を割り込んで相当に苦戦の状況ですが、今年に入って益々悪化しているとのことで、5月も休みが多かったせいもありますが、展示会をしても集客がすくなく、お客様が来られても見るだけという事も多く、色々と悲鳴が聞こえてきます。

こうしたことを受けて産地の減退に歯止めがかからず、廃業や再編などの話が次々と聞こえてきます。

呉服だけでなくアパレルも相当に悪いと言うことですから景気とも関係してるとも言えますが、呉服の場合は特別な理由が有るように思います。

何時も申し上げているようにキモノを着たい、関心を持っているという人は増えているわけで、それが実需に結びつかないのは、やはり売り手側に問題があるのでしょう。

同じ客ばかりに案内状を送り店外催事をしても、客は高齢化しているし、さんざん色々な者を買って来たこともあって、欲しいと思う物も無く、買わなくなるのは当然です。

作り手も早々新品を次々作るわけにも行きませんから、委託で商う店は同じような品が何度も行ったり来たりするわけで、それでは商品が陳腐化し始めて販売できません。

それが新しいお客だと全ての商品がその人にとって新品になるわけですし、そんなに商品を入れ替えする必要もありません。

つまり販売が減退している大きな理由の1つは、新規客獲得の努力が足りない、極端にいえば何もしていないということでしょう。特に老舗ほどその傾向が強く、現実に相当苦戦しています。
しかし商いの姿勢としては老舗の方が安心できるところが多いので、つまらないNCの店外催事などよりも物が良くて良心的だと思います。
業界全体見回しても、老舗の名店の名が殆ど殆ど上がらないほど、特に地域一番的存在が姿を消していることは由々しきことで、京都のえり善さんなどの奮起を促したいところです。

市況が悪い一番の理由は、非常に下品な商いが横行していて客の声など無視で、とんでもない物を口八丁手八丁で売りつけて来たありとあらゆる販売手段が消費者から忌避されていると言うことでしょう。
そうした商いを仕掛けるのが京都の大手問屋と称する輩で、今問題になっているとんでもない値をつけて半額にするという値引き商法もそうした問屋が主導しています。

勿論見識ある専門店やデパートなどは断るでしょうが現実はそういう情けない商いに乗ってしまうところがが多いのです。

そして最もこれからも問題なのは、人材のレベルの低下です。これは単に販売員の物知らずと言うだけでなく店主や経営者の見識の低さで、正しい教育も出来ていないという事ですし、今の状況では益々人材は劣化していくでしょう。

結果的に買いたいと思われるお客も、何処に行けば良いモノがあって安心して買い物ができるのかと言うことで、お買いにならないでうろうろとされていると言うことなのでしょう。
そういう状況だから私もまだまだ世のために辞められないわけですが、いつまでも続けられるわけもなく、後を託す人達の努力に期待するしかありません。

ただアドバイザー的な事はこうしたブログなどを通じて出来るだけ長く続けたいと思うこの頃です。

紗合わせ

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フェースブックにはすでに投稿したのですが、5月とは言えこんなに暑くなると、単衣や夏物を着ようかと言うことになります。
実際街で袷を着ている女性を見ると暑そうに見えるのもやむをえないような異常気象ではあります。
大体は6月から単衣物を着始めるわけですが、伝統文化を厳しく守っていこうというような席以外は、私は臨機応変で良いと思いますので、暑ければ5月からでも単衣で良いし、ものすごく暑ければ薄物で一向構わないと思いますので、私もこのところずっと単衣を着ています。
ですから4月末には単衣や夏物をいつでも着られる状態にしておきます。

さて単衣物の一種で紗合わせと言うキモノがあります。我々は無双と呼びますが、絽や紗の無地に友禅加工をしてその上に無地染めした紗の生地を合わせたもので、下の柄がモアレのように浮き出る非常にお洒落なキモノです。

昭和40年代から50年代にかけては結構作られていたのですが、最近は殆ど無いに等しく、仕方ありません。

ただ母様から譲られた物などをお召しになるについて、いつどんなときに着るのかと言うお問い合わせがあり、そのことで驚いたこことがありました。

大体は袷と単衣の間という感覚で、5月下旬から6月初旬に着るというのが普通だろうと思いますが、毎日無双ばかり着ていると言うことではないでしょうし、いわば単衣物の特殊な物という位置づけでしょうか。
あくまで洒落物ですし、正式な場所には着ていくのは憚られます。

京都では花街の芸妓さんたちが、持っている人は、今年など暑いのでもう着始めています。

ところがその問い合わせして来られた方が、ネットで調べると、単衣と夏物の間で6月の下旬と9月の上旬に着ると書いてあったとのことで、私も調べると本当にそう書いてある記事を見つけて呆れています。

生地が紗とか絽だけで、2枚重ねてあるから夏物の前に着るものだというのでしょうな。
でも6月下旬に着ている人を見たこともないし、まして9月に着るなど考えられません。

自分では持っていないで着たこともない人がさもそうであるがごとく書き込まれると、それを信じた人がまた書き込んだりするので混乱します。

ネットの恐ろしいことは、発信力のある者が、知ったかぶりで発信すると、影響を受ける人も多く、呆れたことになりかねません。

ですからやはりプロが正しい知識を世に知らしめるよう頑張らねばなりませんが、段々プロでもこうしたキモノの事を知らなくなって来つつあることが心配です。

ベテランがどんどん現場を去ることで、キモノ文化は混迷の度合いを深めていくのかと思うと頂けませんが、そうならないよう私どもも啓蒙に努めます。

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