3月には私用もあって東京に行かないといけませんので、緊急事態宣言が解除になっているかどうかにもよりますが、久々の泰三の会を開催するか思案中でございます。

今回はもう作れなくなった泰三の振袖をメイン二と考えてはいますが、付け下げや小紋もおもちします。

ただ体調や感染状況によって変更の可能性もございます

構造改革

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キモノの生産現場は相変わらず悲惨な状況で、当然ですが白生地の生産も減る一方で、1月の長浜の生産は最盛期の0.5%位まで落ち込んでいますしまさに産地として存亡の危機です。
つまりは売れていないわけで、売れればつくれますが、今のように売れていなければ仕事もなく高齢の職人が辞めていくのも当然でしょう、

今は殆どの販売形態が委託取引で、人から借りているくせに法外な値をつけたりする輩も多く、つくりての苦労をおもいやる様な売り手はほぼ皆無で、一番苦労している作り手が一番利益がないと言う付加価値額の配分割合がいびつです。

だから私は20年以上前からもの作りを続けるためには洋服のアパレル業界と同じ様な製造小売りしか泰三のもの作りは出来ないというと言う強い信念を持って業態変更に取り組んだわけです。

今業界でも小売りをしないと残れないと思っている人が多い様ですが、ただ本当に小売りをするつもりなら既存流通より何が消費者にとってメリットなのかよくよく考えることです。流通を飛び越えることを価格で追い求めるだけの輩は必ず失敗します。

製造小売りをしたいなら私に相談すれば良いのでしょうが、どうも私のことをとてもこわい人だと勝手に思っている節があって(^▽^)誰も来ませんね。
流通の構造改革は当初相当なリスクもあるので、ネット販売を主流に考えているいるようです。

一言いえることは、小売りをするにはそれなりの知識や見識が必要で、勉強無くしては続かないと言うことです。

ただ、今の流通構造だと作り手は良いをものを作れなくなるのは必至なのでより消費者に近いところで商うことは考えるべきです。そうでないと茹で蛙ですよ。


コロナ禍が廃業の引き金

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過日当社が仕事をお願いしていた湯熨斗屋さんから廃業のお知らせが届き、またかという思いです。
現在コロナ禍の影響で手描き友禅の生産がまるでゼロになったような感じで、仕事がすかすかで、これを機会に廃業しようという職人さんが出てきてもおかしくありません。

高齢でそこそこたくわえがあったり、土地を売って廃業する人もいて仕方ありません。後継者もなく多くの技が消えていくでしょう。

別にキモノ業界の話だけではなく、今回のことで世代交代が進み価値観も大きく変わります。
自分の仕事に惚れ抜いていても何もしないでいるよりお金がドンドンでていくようなら後々のことを思うとやめざるを得ませんね。

私はこうした事態をあるていど予見し、銀座の店で売る能力以上の生産を続けて来たのでまだ在庫がありますので、それ自体の価値が上がってきました。
何かの機会に是非1度泰三のこだわりを見て頂きたいものです。
これからも真に美しい物作りを目指して頑張りたいものです。

 

大きな価値観の転換点

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この間の成人式のレンタル比率が上がっているように、近年特にフォーマルのキモノ需要は殆ど貸し衣装が当り前となりつつあって高級なフォーマル物をお買い求めになる方はまさに爪の先ほどとなって来ました。ただゼロではなく確実に存在するのでそれなりの市場がないわけでもなく、私どももそれこそ今やニッチな市場でお仕事をさせて頂いております。
ただ何時も申し上げるとおりあまりに需要がしぼむと、供給側に色々な問題が起こりいつかは上物の生産が殆ど無くなるのは自明の理です。

近年のキモノは買うもので無く借りるものだという価値観へ移行した代表が叙勲での宮中参内でしょう。かつては一生に1度と言うことでそれなりの色留袖を新調された物ですが、今や叙勲が決まれば直ぐ色留をそれなりの業者に借りる段取りをする始末で、勿論そんな上物があるわけではなく、悲しい思いをします。かつては泰三の色留をお召しになって参内された有名人の奥様方もたくさんおられましたが、今はほとんど注文もなく一種の慣習が変ってしまったのです。

過日キモノをその場で借りて記念撮影をすると言うスタジオを経営する会社の直近の決算が発表になっていましたが売上げの減も大したことなく、営業努力もあって増益です。
つまりキモノを借りるという行為は今や事消費で、所有の喜びを感じる人は爪の先ほどとなってしまいました。

ただホンモノとの出会いを未だに探しておられる方も少なくは無いと信じたいですし
そういう方は是非泰三の作品を見て頂きたいです。

何はともあれ今度のコロナ騒ぎで大きく価値観が変るだろうと予想され本手描き友禅の物作りには一段と厳しい状況が続くでしょう。

泰三四方山話 

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私は考えて見るとこの3月で昭和47年にこの業界にはいって丸49年。4月からは50年目に入ります。業界として絶好調の最後の方に業界人となり爾来色々なことを経験してまいりましたが、そういうことを書き留め本を出したらどうかと言う声も時々あるのですが、誇らしげに自伝のごとく描くのは嫌ですし、ある意味防戦の一途だった苦しい状況を別に自慢して書きも出来ないし、ゴーストライターを使えば直ぐ作れるというのも嘘くさいのでずっと断ってきたのですが、50年間にあったことを順不同で思い出話、四方山話として書き留めたら私自身の使命であるキモノ文化の継承になにがしかのお役に立てるかもしれないと思い、気が向いた時に書いていこうか念頭に当たって思ったわけです。ですからあまりそんなに私生活の話は書きません。
もとより文才もありませんし、面白おかしく書く才能もないので ただの文字の羅列になることだけはお断りしておきます。100話位は書いてみたいです。
ただ毎回はアップせずにかためて発表しようかと考えています

第一回はかんたんに生立ちを記しておきます。

昭和24年4月京都市で生まれました。
祖父は黒染め炊き染め(浸染)を営んでおり、その長男の先代泰三の長男として

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