泰三の会

カテゴリー:

昨年閉店以降、ほぼ2ヶ月に1度、泰三の会と称して銀座東武ホテルの地下の部屋をお借りして、我々2人だけでする小さなミニ催事を開催しております。

色々なご注文を従来からのお客様だけでなく新規の方からもお受けしたり、泰三の作品や梅垣さんの帯だけでなく泰三好みの種々のキモノなども見ていただけるように手配しております。
今回は上品な絽小紋などもございます。
何しろ2人だけでのお相手ですので、お客様が重なるとゆっくりお相手できませんので、出来るだけご予約を頂いております。

見るだけの方も構いませんが一応ご連絡していただけると幸いです。

これからも事情が許せるかぎり続けて参りつもりです。

泰三の会

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昨年閉店以降、ほぼ2ヶ月に1度、泰三の会と称して銀座東武ホテルの地下の部屋をお借りして、我々2人だけでする小さなミニ催事を開催しております。

色々なご注文を従来からのお客様だけでなく新規の方からもお受けしたり、泰三の作品や梅垣さんの帯だけでなく泰三好みの種々のキモノなども見ていただけるように手配しております。
今回は上品な絽小紋などもございます。
何しろ2人だけでのお相手ですので、お客様が重なるとゆっくりお相手できませんので、出来るだけご予約を頂いております。

見るだけの方も構いませんが一応ご連絡していただけると幸いです。

これからも事情が許せるかぎり続けて参りつもりです

先述したように平成という時代は残念ながらキモノ離れが進行し、国会議員や財界人たる者もキモノを着ないなど、日本人が自ら行く道を過ち、この先どうしたら良いのか右往左往、迷走をしっぱなしと言う状況に陥ってしまいました。

令和という御代がどれほど続くかは別にして、是非その道を修整し、日本人としての矜持を持つためにも、キモノを着る人は当然ながら増えてほしいものです。
特に上に立つ者は着ないと恥だというような風潮に戻って欲しいとつくづく思います。

元号の典拠を万葉集に求めたなどと我が手柄のように吹聴する総理が黒紋付き1つ着ないで、わかりもしないくせに文化文化と大声でいうのはみっともないので辞めていただきたいのですが、女性だけでなくそれなりの立場の男性がキモノをさりげなく色々な場所で着るというような時代への回帰を強く望みたいものです。

振り子は振り切れば戻ります。今戻り始めていると信じたいのですが、問題は政官財の日本文化への無教養で、どうすれば良いのかと思案します。

聞けば今年度から大学改革で理数系は人文科学系の履修時間を減らそうと文科省が考えているとのことですが、まさに本当は逆の事をしようとしています。

確かに専門家を育てる教育は大切ですが、社会に出る前に、いわゆる教養を積み重ねておかないと、今の官僚のように世間知らずで頭でっかちの机上の空論しか言えないような人間ばかりになってしまい、新しい発想がでない創造力の無い者が増えてしまいます。

すぐ金になるような研究しかしない人材を育てないという発想がさもしく、それではまさにグローバル化から遅れる一方です。

左脳ばかりを使う人間では新たな発想は生まれません。右脳をバランスよく使うためにも美意識を育てることが肝要です。

近年欧米のエリートはアートを勉強しているとのことで、有名な美術館もそうした教養講座を開設しているそうです。

MBA等の資格を取得する人は勿論それなりに頭も良く優秀でしょうが、結果何を得るか
というと、分析能力や論理的思考と言うことで、つまりは経験則に照らしてああだこうだと言うことは言えても、新しい改革的思考に疎く、社会の変革期に役に立ちません。

経営は一種の直感力がとても大事です。机上の空論を闘わせるより、トップの感で多くのヒット商品が生まれてきたという事実に鑑み、創造力や直感力や美意識を持たないトップでは組織全体も停滞して意思判断決定が遅れるばかりなのです。

実は今日本が抱える問題はそう言うところにあるのだと思います。
特に大企業がバブル崩壊以降、管理畑の人材がトップに立つようになって、営業系を遠ざけ、茶坊主ばかりを周りに置くことでまさに役所のような組織となって、停滞し衰退をしてきたと思います。

自分の保身ばかりを考える輩が経営陣に巣食うと必要な改革がどんどん先送りされてしまいます。

極めて日本はそういう意味でも危機的な状況だと思うのですが、無能でもそういう地位にいる者は、利権を離そうとしませんし、2流のトップから3流のトップへ移管し、その後は4流となります。

組織全体も同様に腐る一方となり、世界から益々立ち後れていくのです。

令和の時代には先人の築き上げた良き文化を守りつつも、先に向かってチャレンジする若者のパワーが増大して欲しいと願って已みません。

和文化の見直しの気運は近年感じますし、何の勉強する気も無い中年以降の教養無き連中は論外ですが、これから学ぼうという若い人たちに我々の獲得した経験や知恵が上手く伝わるような仕組みがあれば良いと思っていますし、私もこれからもその一助となれる事を願ってやみません。

今回の東京での用事は泰三の会だけでなく、サロンのようなところで文化講演を依頼されお話をしてきたのですが、短い時間でキモノ文化を語るのは極めて至難の業です。
それでもキモノと言う文化を理解いただくためにもご依頼有れば労苦は厭わないつもりですのでご用命ください。

キモノ着る人は増えて行く

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最近大学にキモノを着ようという様なサークルが結構あるそうですが、なかなかの人気だそうです。
今の若い女性たちはキモノが着たいのです。
それは別にお茶を習っているとか、特別な背景を持っているのではなく、単純にキモノが着たいのです。
そのサークルでは着付けを習ったりして、自分できものが着れるようになろうと言うことをまず目指すようで、着付けの講師を招いてお稽古するのです。

そしてキモノを着てあちこちに出かけたりという実践もするようで、ある大学では余りにに人気があって入会制限してるそうです。

こうしたことを読み解くと、今の日本の若い女性は日本人だからキモノが着られて当り前、キモノを日本人なのに何故着ないのだろうという極めて自然な考えを持っているのだと思います。
社会人になってから変な着付け教室に行くと、詐欺まがいの販売に引っかかってろくでもないものをとんでもない値でかわされると言うことが横行しているので、そういうことも知っているのかも知れません。

キモノをこれから着たいと思っている初心者をその入り口のところで騙そうなどと言うこの業界のレベルの低さに辟易するのですが、それをなんとも思わず片棒担ぐ問屋の見識の低さが最も問題で、人材レベルの劣化は一段と拍車がかかりいつまでたっても何の反省もないままにそういう販売を繰り返し、結果的に客が離れきものが売れない、売れないとぼやく始末で、それを景気が悪いで済ませていますが、結局自分たちで売れなくしてきたと言うことなのではないでしょうか。
 
平成の時代はキモノを着ない女性が増え、相続で平気で箪笥ごとキモノを捨ててしまうような、およそ日本人とは思えないような行動を取る人が増えて悲しい思いをしたものです。

キモノ離れの大きな原因は、キモノを着るという背景を持つ日本の伝統文化に触れない人が余りにも増えてしまったことでしょう。

茶道、華道だけでなく伝統音楽、伝統芸能など先人が築き上げてきた多くの文化を知らないままに育ってきたという環境が特に都市部で増えて行きましたが、それは住環境も変って和室1つ無い家で育ってきたことにも大きな原因があるのと、地方で育った人が東京に出て、その家の文化が断絶してしまったと言う中で2代、3代と年月が過ぎていくと、周りも同じような人ばかりになって、茶道を稽古していないとかつては仲間はずれのような風潮であったのが、今ではまるで異端児のように見られてしまっています。

富裕層が特に問題で、伝統的な文化に対しての消費が激減し、欧米化が進み、ブランド物で身をやつすというのがセレブのステイタスのような風潮となってしまいました。

政官財のトップクラスがそうなのですから、当然下々も同じようになって行くわけです。

ただ近年少し風向きが変ってきたなと思えるのは、浴衣着装も含め和装に対しての抵抗感がなく、和文化へも興味を持つ若者が徐々に増えつつあることです。

教養無き大人が失った日本人としてのアイデンティティを若者が求めようとしていること、つまりいわば自分探しの旅に若者が出ようとしていることはまことに喜ばしく、それを助けてやるのが年長者の役目だろうと思います。

願わくば業界人はそういう芽を摘み取ろうというような今までのふざけた商いを反省し、的確に育てていくという道を選択してほしいものです。

お金のないものにローンを組ませるなどもってのほかですし、目先の売上げにとらわれた恥ずかしい商いは辞めて欲しいものです。
大手着付けチェーンなどの講師や派遣の女性なども、娘に正しいことを教えようという目でいて欲しいし、自分でもとんでもないと思うようなモノを薦めたりすることなく、真のキモノ文化の継承者という自覚を持って従事していただけないものかと願っています。

本来業界で、暴利を貪る催事販売や下品な値引き商法や着付け教室商法なども含め、流通側が反省し自浄していかねばなりませんが、そういうリーダーが皆無ですし、マーケティングも無茶苦茶でマーケットリサーチなどあってなきがごとしという体たらくです。

それそれが襟を正して、この令和の時代に真のきものブームが再来するように努力するしか有りません。そのように教えるのが親の努めですしそうありたいものだとつくづく思っております。

平成時代のキモノ業界

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5月1日から令和という新しい御代が始まったわけですが、平成時代のキモノ業界のことを振り返ってみたいと思います。

昭和64年1月8日に始まった平成時代でしたが、当時は昭和天皇の服喪期間が終われば周りはバブル経済で、土地が急騰し、担保価値が増したと言うことで延命できたような問屋も1社や2社どころではなく、無能きわまりない都市銀行に乗せられて財テクに走った経営者も数知れず。
私にも父が死んで2年目でしたが、手を変え品を変え、借りろ借りろの大合唱で、いまどき財テクしない社長はバカだと抜かす始末で、若造の私なら簡単に銀行の言うままになると思っていたのでしょうが、メインバンクが本業以外のことで金を借りろと言うのは何事だと副支店長、支店長に説教をしたのです。
案の定、にとんでもなく取引先に迷惑を掛けることとなり、借りなかった私が一目置かれることとなりました。バカの融資話を持ってきた男はどこか遠くに吹き飛ばされましたね。
日本中そんな状況で始まった平成の御代でしたが、そんな祭り気分もこれもまた超無能の政治家のために、人為的に一挙に潰されてしまい、その後が大変でした。

私は経済というのは人の営みなのだから、政治家は施行する施策でどう人が考え行動するかと言うことをよくよく読んでいなければなりませんが、世間知らずの、ノーパンしゃぶしゃぶのような接待でうかれまくる程度の官僚が考えた財政政策や机上の空論しか考えられない日銀の金融政策などカスのカスだと思っていたので、この国は相当に痛むだろうと予想していました。
ところが成功体験しかないような問屋や小売屋の2代目社長は。景気が悪くなったのはいわゆる景気循環で、必ず浮上すると断言していたのです。

私はこの落ち込みはそうではなく長く続くから早い目にリストラするなど的確な手を打つべきだと主張したのですが一笑に付され、これは危ないなと思っていたのですが、私の予想通り、売上げはどんどん下がり始め、それまで主力だった高級フォーマルのキモノの販売が急速に縮小し始め、それに代わり洒落物だと称して、昭和50年代は冷や飯食いだった紬や小紋などに陽が当たり、猫も杓子も洒落物だ洒落物だという風潮となり、これはこれで本当に愚かだと思ったものです。

普段着としてキモノを着る人は確かに存在しますが、フォーマル需要は根強く、特に富裕層はそうした需要の方が多いので、そういう品揃えを忌避していくとまさに良い客を逃すと、これはこれで小売屋に注意したのですがね。

フォーマルもカジュアルも両方に対応できれば一番良いわけですし、普段着としてのキモノを提案したいなら、まず自らがキモノで遊ぶような心がけが大事です。

しかしキモノを着ようともしない呉服屋があまりにも多く、これまた情けない思いをしていました。キモノとい言う服飾に対する愛のない者が商うような業界に未来は無いと思ったものです。
そうこうするうちに景気は段々悪化し、フォーマル偏重だった老舗呉服店などがどんどん力を失い、創業者の先代が亡くなったところなどは、さっさと廃業して貸しビルをするとかで、この業界から逃げ出すところも増えて、呉服屋というのはあらゆる物販の中でも恵まれたとても良い仕事なのに何故辞めるのかと思ったものです。

全国の専門店が力を失ってきたので、かつてはそういうところを豆に面倒見てきた問屋の売上げが急速に落ち始め、私どもの古くから付き合ってきた東京の有名な老舗地方問屋が倒産したり、当社も実際ひどい目に遭いましたが、専門店自身も破産するような状況でしたから、大手問屋などは売り先を変えざるをえないと言うことで、その頃台頭してきたチェーン店に力を傾注し始めました。その中で大阪府のAや元々兵庫県の地方都市の1専門店だったTなどが、急速に伸び始めたのです。
その商いの手法などまさに詐欺的で無能そのものなのですが、この業界のコンサルというのは呆れかえるような手法を展開し、客の都合など関係なく客を店外催事に集め何でもかんでも買わないと帰さないとか、、徐々に携帯を取り上げるなど、社会問題となるような過量販売で、自殺者まででる始末でした。
私は筋の通らない商いに未来はないという信念を持っていますので、100%いつか倒産すると広言していたのですが、案の定あっという間に吹き飛んでしまい。多くの問屋が莫大な負債を抱え、連鎖倒産したところもすくなくありませんでした。

正義のない商いの片棒を担いだ問屋に大きな責任があると思ったのですが彼らは反省するどころか同じ手法で他のNCを応援する始末でした。

売り揚げを増やすことだけに血道を上げる超無能経営が、キモノ文化を大きく毀損し、屑のような業者が利益率ばかり上げ暴利を貪ろうとするので、結果的にろくでもないキモノをとんでもない値で買わすような商いがすっかり普通となってしまい今もそういう状況から脱却できません。

私は余りにも流通業者の質が悪いのと、キモノが好きでもない、キモノを着る背景の日本文化なども殆ど知らないと言うような輩が激増してしまった状況から、キモノをこれから着たいと思っている人達のためにも、私自身が小売りに転じた方が世のためだと思って19年前にアンテナショップを開設したのです。

予想通りその後も専門店は1段と、発信力がなくて新規客を取れない老舗が増え続け、私は小売りに転じなければ物作りの道を絶たれておたでしょう。方向転換することで父の遺業を継承できたと自負しております。

平成の時代はキモノ業界にとっては本当に残念で、本物づくりが出来なくなりつつあり、令和の時代に如何に継承できるのかまさに至難の業です。

願わくば消費者も勉強されて、キモノ着付け教室などでろくでもない者を法外な値で買わされるような事などが無いようにて頂きたいのです。

真面目な業者が残り真の文化を継承していけることをこの令和の時代に強く望みたいものです。私もまだ仕事を続けますので、お分かりにならないこと疑問に思われることがあれば遠慮無くお尋ねください。

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