美術館巡りは、私の勉強の一環だと思っていますので、若いころから、色々な美術館の展示を見てきました。
勿論まだまだ行ききれていないし、行きたいところが山ほどあります。
とくに有名な美術品がそこにしかないものなどは、死ぬまでには一度行ってみたいと思います。
諏訪市のサンリツ服部美術館などはその代表です。
茶道具数多ある中で、国産の茶碗で国宝に指定されたものは、実はたった2椀しかないのです。
その他は中国や朝鮮半島からもたらされたものです。
2椀とは、一つは東京の三井記念美術館にある、志野茶碗の銘「卯花墻」(うのはなかき)で、もう一つはこの美術館にある、本阿弥光悦作の白楽(しろらく)茶碗の銘「不二山」です。
この「不二山」をまだ見たことが無くて是非行きたいのです。
先人が認めた価値あるモノを鑑賞することは、いわば感性のスタンダードを身に付ける勉強になるでしょうし、その歴史や拝見の文化を知る勉強になります。
私は先代からいわゆる上物の製作を義務付けられていたので、そうしたいわば宝物をできるだけ見るようにしてきて、感性を磨いてきたつもりです。
たくさん見ることで、個性が徐々に醸成されていくと思います。
今回の根津美術館の光琳屏風の展示は、両者を見比べることが面白く、今後こうしたことが多分生きている間にはないだろうと思われるので、是非行きたかったわけです。
その時しか、そこへ行かなければ見られない物という風に言われると、好奇心旺盛な私としてはやはり行ってみたいと思うわけですね。
まあ普段でもデパートの画廊を見るだけでも色々勉強になりますがね。
ちょっと前置きが長くなりましたが、そういう美術館に行くたびに、特に最近思うことがあります。
これは以前にも書いたように思いますが、まあ話題の展示だということで、女性同士などで多くの方が鑑賞されるのは良いのですが、話しておられることを漏れ聞くと、本当に、和文化そのものを知らないと思われることが多々あります。
また学芸員が書く解説文が、ほとんど理解できない方もたくさんおられます。書いてある語句そのものの意味が全く分からない人が本当に多いのです。
まるで外国語にも等しい状況です。
実際その使われている語句には、いわば専門用語が多くて、中には読み方さえ分からない物もあります。
まあ今は解説のテープなどもあるとは言っても、振り仮名くらいはしておくべきでしょう。英語版の方が分かりやすかったりします。
我々も業界用語をお客様に話をして反省することがありますが、学芸員やその解説を依頼した学者などにしてみれば当たり前の言葉でも、普段見ることもなく振れたこともない言葉が分からないのは当たり前なのです。
美術館の古美術の展示が、いわば日本文化の啓蒙活動の一環だとしたら、学芸員もできるだけわかりやすく、興味深く書く努力をしてくれないものかと、本当に最近よく思います。
ある美術館では実際そういう努力をしているところがあって、本当に物語のように易しく、面白く書いてあって、深くものを知る人にとっては頼りなくても、多くの知らない人にとっては有難い解説だと感心したことがあります。
昔なら当然知っていても今は知らない人の方が圧倒的に多いというのが、日本の考古学や古美術、工芸などの世界だと思います。
能装束で唐織を見てほとんどの人がすごい刺繍だというのを聞いて何度私が解説したかわかりませんが、その語句を見ただけで理解できる人の方が少ないということを前提にこれからの解説文に工夫を凝らしてほしいとつくづく思うこのごろです。
また一部の美術館などでは実施されていますが、こうした古美術の見方、基礎のセミナーなどの開催なども考えてほしいです。
今の日本人には、外国人が日本文化に触れた時と同じような感想を言う人がいます。
つまりそれほど和文化が非日常となっていますし、キモノもそ一つだろうと思います。
和文化を支えていくのは本来日本人に他なりません。
外人なら分かってくれるから買ってもらえるだろうというような本末転倒のようなことを言う人がいますが、現実に明治時代の初期のように、今後日本の名品が海外に流れていくことは大いに予想されます。
日本人が日本の文化の大切さは秀逸さに気が付いて貰うための啓蒙、啓発活動をしていくためにも、いわゆるコンシェルジュの存在が必要とされるでしょう。
キモノに関しても私はそうした窓口をデパートなどに開設するべきだと思っています。
悉皆部の承りではなくて、キモノのTPOなど、和文化の解説も含めてそういう人を配していくと喜ばれるでしょうね。
業界あげてそうしたことに取り組んでいかねばなりません。
私自身そういう存在であるべきだろうと勉強を重ねなければならないと自覚しております。









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