また一つ

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銀座からまた1軒呉服屋がなくなりました。

かつて銀座は高級呉服専門店が軒を並べる街で、全国でも有名なピカイチの店が覇を競っていたものです。そしてそれぞれの店の好みが高級呉服業界をリードしていたものです。
今はないK、T、Sなどなど、あり得ないことですが破産しました。
倒産しないまでも店を閉めてビルの上で細々と営業しているところもあります。

そしてこのたび閉めるSチェ-ン店の銀座店は、元来上野が創業地ですが、銀座店も最も歴史のある支店で、かつては高級なものも販売していましたし、当社の振袖も扱っていたものですが、今はただの安物屋チェーンで、銀座で安物で勝負するなど本末転倒だと思っていたのですが、色々な事情もあって長い歴史に幕を下ろしました。

今はこうした老舗に変って、新興の呉服店が次々と出てきますが、みんな同じような紬や作家ものなどを売る店ばかり、つまり人の褌で相撲を取るだけで、その店のオリジナルやセンスを感じるものはほぼ皆無です。

そして今銀座で多いのはリサイクルとレンタルの店です。
レンタルはホステス用が多いようですが、リサイクル店が銀座に出てきたときには驚きました。

まあブランドバッグの買い取りや等もあるので同じ事ですが、かつての銀座の面影はほぼ皆無と言うことです。

高級フォーマルを売る呉服店が銀座の老舗でしたが、唯一私の店がそうだったかも知れませんので、閉店は申し訳ないようにも思いますが致し方有りません。

黒留袖、色留袖、振袖の御用事のある方は今のうちに是非おいで頂きたいですね。

もう無くなってしまいます。

京都のえり善の銀座店が今では一番古く、かつ良心的な商いをされていますので、是非1度覗いて見られてはいかがかとは思います。

銀座から古き良き時代の痕跡が次々と消えていく寂しさをつくづく感じるこの頃です。

私が店を閉めると言うことを公言してから、多くの方にお見え頂いていますし、ご予約を頂戴しています。

初めておいでになる方々も多く、泰三のキモノを一枚でも持っていたいと言ってお買い頂くには、本当に作り手冥利に尽きます。

何時も申し上げるとおり、上質で上品なもの作りに徹して来たことは正しかったと思っていますし、これからもそういう声は大きいでしょう。

買われるお客様の身になって、どんなときにどんなキモノを着て行きたいのかということを考えたもの作りが常識ですが、普通は産地にいる人にはなかなかそれは伝わりにくく、作り手とのミスマッチが大きいと思います。

売り手が薦めるキモノを自分で着ると言うことを想像して、ある意味女性脳で考えることが肝要です。

私はアンテナショップ形式で作ったものは自分で売ると言うことを続けてきて、小売店としては至らぬ事はあったとしても、作り手として生の声を聞いてもの作りが出来たことは最大の喜びでした。

お客様が真に喜んで買って頂いて、それをお召しになって褒められたと言って喜んで頂き、本当にこの仕事をしていて良かったとつくづく思う次第です。

人生での晴れ舞台や、ステージでお召し頂く衣装として、その思い出と共に長くその家の歴史を物語るキモノをお作りさせて頂くことはまことに光栄でもあります。

ただ諸事情からドンドン作っていくと言うことも叶わず、お誂えなら今しばらくは同じ品質でお作りできるだろうとは思いますが、私が満足できるもの作りはそう長くはありません。
大変残念で申し訳ないと思いますが、7月末までは全力で取り組んで参りますので、
是非一度はお立ち寄りください。

お陰様で18周年

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2月9日は実は開店記念日でして、満17年となり今日から18周年に入ります。
21世紀の初めの年に開店し、平成も終わろうという時に閉店をしようかと言うのも何かの縁かも知れません。
店を始めた頃はまだまだそれなりのもの作りが出来ていたのですが、17年経って私の予想より早く、良い物ほど作れない環境となって来ました。
もの作りを取り巻く環境が大きく変わったこともありますし、原因は色々ではありますが、これからキモノを着たいという人は増えているのに、その方たちのキモノライフを正しく導いていける信頼出来る受け皿があまりにも少ないという現実はいかんともしがたいものがあります。
それがために消費者の声が届かず、本来有るべきはずのものが作られなくなって、それが余計にキモノ消費を減らしていると事実は否めません。
私はアンテナショップを開設してから、お客様の生の顔と声に接することが出来るので、そうしたものを製作しながら今までやってこれたのだろうと思います。
潜在的な需要はまだまだかなりありますし、流通を再構築して、作り手にも再生産可能な利があり、かつ消費者にとっても納得できる付加価値を提案できれば、キモノ需要は再び増えていくのだろうと確信しているのです。
キモノが好きで、キモノを着る背景の伝統文化に触れて、キモノのことをよく勉強した人(それが男性でも女性でも構いませんが)が売り手になって欲しいのです。
そういう人達に色々教えて行くのも我々高齢者の仕事かと思っています。
これからも何かお尋ねになりたいことがあれば遠慮無くメールなどをいただけるか、7月末までなら銀座の店においでください

一人しかいない

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私どもが蘇州との技のコラボを始めてもう40年以上になるのですが、向こうの刺繍の糸の品質が悪いのと、色見本を出しても絶対同じ色に出来ないと言うより、中国風に染まるので原色に近く、上品な色が出ません。

そのため当初からこちらで刺繍糸を染めて、指示書と共に送っています。
ですから向こうの職人さんは支持されたとおりに縫えば良いようになっていますので、ほぼ間違いなくこちらの思った通りのものが出来るわけで、私はその技術を愛でているわけです。
配色その他全て京都で指示書を作るのですが、それが大変と言えば大変ですが、素晴らしい技を駆使して、日本ではとてもできない超絶的な技を駆使した泰三のキモノはまさに工芸品とも言えるレベルで、私の難しい指示に応えてくれた職人さん達には感謝しか有りません。

ところでその刺繍糸は京都のそれを専門に扱う人に頼むのです。
色本を出してその濃淡で染めてくれだとか注文すると、その人が生糸を買って糸染め屋さんに行ってくれますが、その染める単位は相当に多くて、とても我々が1度に使う量ではありません。
我々はその中で必要な量だけを分けて貰います。
残ったものは他の刺繍職人さんや全国の刺繍教室の注文などで捌いていくのです。
かつて当社の注文がダントツに多かったので、私の指示した色の糸が全国に行き渡ったはずです。

ところがこういう仕事をしている人が京都で実はその人1人なのです。
もしこの人がいなければ、我々は不必要なかなりの量の糸を直接糸染め屋に発注しなければなりませんし現実は不可能です。
自分で少量のものを糸を繰りながら染めると言っても慣れないと上手く均一に染まりませんし、第一染料をそのまま下水に流すのは禁じられていて、処理施設が必要です。

ですから現実はこの人が辞めてしまうと相当に困ったことになるのです。
後継者も無く、ほぼ75歳ということで、彼も息子が帰ってきて継いでくれないかと願っているようですが、そうもいかないようです。

こうした陰に隠れた仕事でも、絶対必要な存在という職種がいくつもありますが、ほとんどが後継者がなく、後残り2軒だとか1軒だけと言うものも珍しくありません。

染織に絶対必要な蒸し屋さんも、かつては200軒以上会ったと言われていますが、キモノの蒸しが出来るところは残り6軒だと聞いています。

かなり以前からこうした事態になることは分かってはいたのですが、これと言った手を打てないままに推移しております。

今では発注量の激減で後継者を育てる余裕もなく、仮に弟子入りしても生計は成り立ちません。

教える側も高齢化の一途で、教えることが、しんどい、辛いと言って辞めていきます。

キモノや帯だけではないかも知れませんが、複雑に分業化していることが、生産システムの維持に赤信号が点滅しているのです。
特に高級な技を駆使するものほど、その仕事がなく、それに使われる技、すなわち無形の文化が主滅してしまうのです。

これは日本国、いや世界にとっても損失ですが、教養無き行政は有形文化財にしか目がなく、それを支える技の継承にほんの一部にしか目が行きませんし、策がありません。

私自身は20年以上前から、こうした事態が来ることは確実だと銀や行政ににも色々と提案していたのですが、目先のことしか考えられないような輩ばかりですし、トップも見識ゼロですし、まあはっきり言って手遅れ状態ですが、何か出来ることはないのか、少し時間が取れるようになったら考えてみたいと思っています。


真面目に経営しましょう

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「はれのひ」事件の核心となる社長がようやく出てきて、苦しい言い訳を終始していましたが、まあまさに無能の極致のような男です。
たかだか4年ほど、あるところで今回のビジネスのノウハウを学んで、それをそのまま人に教えるコンサルタントとして独立しています。まあ知恵のパクリです。
以前いた会社の真似をそのままする程度の脳みそしか無い男が(まあこの業界は平気で柄を盗んで辞めたり、人まねなど何の衒いも無くする節操など欠片もない輩が山ほどいるのも確かですが)、顧問先が儲けているのを見て自分でやればもっと収入が増えるだろうと、今度はかつての顧問先の顧客データーを使ってしかもその店の目と鼻の先に開店するなど、呆れた話です。
感謝の念とはほど遠い輩ですが、コンサルしたとおりに自分が経営しているかというと、欲が果てしなく、してはいけないと人に言っていたことをしていたのですね。

実はこの程度の男をよいしょする問屋の見識のなさがこうした事態を生んでるのです。「そうは問屋が卸すか」と、かつてはそういう気骨のある問屋もあったのでしょうが、今では売り上げが出来そうなところならいくらでも貸すのです。
その悪しき慣習がこんな事態を生むのです。馬鹿問屋の経営に一番の問題があるのに、何の反省もなく、またぞろつまらない業者に取引してしまいます。

京都の室町の問屋のルーツは江州商人(滋賀県の商売人)というところが多く、よく知られている五個荘がその発祥の地であるところもあります。

その創業者が残した家訓はほぼ全て同じです。始末、算用、才覚を旨とすること。
商いは三方良しであること。

ちょっと金が入ったら贅沢をしたいのは分からないでもないですが、その時に金を使った輩はほぼ全員倒産です。
会社経営は良いときばかりではありません、右下がりとなったときに必要なことを的確に出来るか否かは、先見力が問われますが、まず持って経営者自らが身を切る覚悟がなければ成りません。給料を率先して下げ、冗費を節減する決断力と行動力が問われます。

経営内容が悪くなっても高給を取り続けるような経営者では会社を潰すのは当然ですね。

ただでさえ落ち続けているキモノ業界にとって今度のことはかなりの痛手になるでしょうし、振袖の上物もほとんど作られなくなっています。

泰三の振袖ももう作れないと言うことで、成人までまだ相当に間のある方も見においでになります。真に申し訳ない残念な現実ですが、生地がつくれなくなってしまいましたし、今まで通りの作り方は限界です。すでに早い者勝ちのようになっておりますので、ご興味ある方は是非ご来店ください。

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